土曜日に、師匠のコンサートに行ってきました。
今回は、バイオリンとのduoで、演目は、
ドボルジャークのop100、
シューベルトのソナチネ3番、プロコフィエフのソナタ2番、ブラームスの雨の歌
でした。
私は、プロコフィエフと縁がなくて弾いた曲も聴いた曲も数えるほどしかないので、分かるかしら?と思いながら聴きました。
その面白く楽しかったこと!
私は、平素、譜読みをする段階から旋律の流れと掛け合いといった、曲の構成に頭がいってしまうのですが、この曲は、もうvnとピアノの掛け合いが面白くて勝手な妄想をくっつけて聴き入ってしまいました。
色も浮かんできて、とても楽しかったです。
色々な曲と出会う時、妄想が浮かんでくる曲もないわけではありませんが私は“色”や“映像“の時が多いです。
パッと開ける和音に変わった時なんかは、パーッと明るい光を感じたりします。
迷わず楽譜に該当する色を書き留めておきます。
娘が小さかった時、この曲はピンク色だと言って、楽譜を全部ピンク色のパステルで塗ってしまった事がありました。
ピアノの先生は呆れてました。
先日ラフマニノフの連弾をした時、相方にどんな妄想か話してもらいました。
なるほど!の連続でした。
ちょっとしたリズムが馬車になったりするのです。
そういえば、モーツァルトのロンド ニ長調を弾いた時、赤ずきんちゃんが野原をスキップしながらおばあちゃんの家へ行くのをイメージしたことがありました。
でもその赤ずきんちゃんの話を友達にしたら笑われて...
妄想も色もその曲が放つ部分で、とても演奏したり聴いたりするのに役立ちます。
でも、妄想や色は弾く時々で変わりますが、楽譜は編纂されない限りずっとそのまま。
弾くたびに自分の音を聴いて響きを聴いて、旋律の流れをよく見て考えて...
全ての情報は楽譜とその曲の背景にあります。
絵画の中に作曲家の生きた時代の様子が描かれていたり、文学の世界にも描かれています。
歴史の本の中にも。
日頃からこうしたものに触れることはとても大切だと改めて思いました。